マンガにおける「学ラン」の系譜と「ジョジョ」を考える

漫画における学ラン

テレビの「アツアツっ!」で、「北斗の拳」の原作者である武論尊が出演してた。

内容的には吉田豪がインタビューしていたモノとほぼ同じネタだけど。
ブラマヨがギャラの話をぶっこんだり、「北斗の拳」の続編の生原稿がみれたり。
非常に面白かったです。

で、武論尊が漫画業界に入るキッカケが
仕事がなかったから、自衛隊で一緒だった「本宮ひろ志」の元にアシスタントとして転がり込んだ
というくだり。

あー、そういや昔、そういう話を読んだな、と思いまして。

さらば、わが青春の『少年ジャンプ』 (幻冬舎文庫)

さらば、わが青春の『少年ジャンプ』 (幻冬舎文庫)

著者はジャンプ編集長だった西村繁男氏。
内容はジャンプ創刊から600万部達成!
そして一転、部数減少(現在280万部)に陥るまで。。。。

ジャンプの栄枯盛衰を描いた本すね。
ちなみに、600万部はスラムダンクとかドラゴンボールとかキャプ翼とかの時代。

本の内容はとにかく濃くて

  • 漫画家との交流秘話
  • ジャンプの戦略変遷
  • 編集部内部での社員の軋轢
  • 出世競争

こんなに書いて、大丈夫なんだろうか、という。

漫画の黄金期を支えた人・企業の話がとてもアツいです。
全般的に西村史観というか、あくまで著者の目線ではあるんだけど。
ジャンプで育った読者には感涙モノの内容。

で、この本を久しぶりに読み直してたら、気になる文が。

本宮ひろ志」が、初の連載マンガ「男一匹ガキ大将」を書く時の話。

男一匹ガキ大将 第1巻

男一匹ガキ大将 第1巻

(関係ないが、これ、個人的には本宮作品の中で一番好き)

て、ジャンプ編集者の西村氏。
二十歳そこそこの本宮に「(初めての)連載してみるか?」と振る。
本宮ひろ志は、「やる」と。
1968年頃の話。

西村:ところで、やるというからには、描きたいものがあるんだろう?
本宮:イメージや感じはあるんです。説明できないんすよ、うまく。
本宮:カッコイイ学ランを描いてみたいんすけどね
西村:学ラン?なんだい、それ

本宮:へぇ、知らないんすか。学生服のこと。おれたちそう呼んでたんですけど
西村:学生服のことねぇ。知らなかったな
本宮:真面目な連中は、知らないかも知れないっすね。おれ、ぐれてたからな
西村:ふうん、すると隠語の一種かな
本宮:それほどおおげさなもんじゃないですよ。今の中高生ならたいてい知ってますよ

面白いな、と思ったのは、この時点で西村氏が「学ラン」という言葉を知らなかったという点。

どうも西村氏の学生時代(早稲田卒)には、一般的な呼称ではなかった模様。
本宮ひろ志は「今の中高生なら知ってる」と言っているが、1968年時点では社会人に浸透していないのかな。

ということで、「学ラン」という言葉の歴史をみてみたいな、と。

「学ラン」の由来は「蘭服」

「学ラン」の由来は蘭服(洋服)=オランダの「ラン」。
蘭学の「蘭」と同じすね。

こちらのHPに詳しいが、それによると

『学ラン』なる言葉が一般化しだした明治期

なんと。
明治時代から「学ラン」という言葉自体はあったらしい。

明治時代からあったものの、帝大生とかを除けばあんまり普及してなかったのかな?
そして戦争をはさみつつ、ほとんど隠語のような存在になっていた、と。

その後、wikiによると、「学ラン」という言葉が一般に認知されるようになったのは、1970-80年代らしい。

学ランの「ラン」は和蘭陀の「ラン」を指し、江戸時代に洋服を蘭服と呼んでいたことに由来するという説がある。(中略)
その後隠語として生き続けた後、昭和50年代に漫画で「ガクラン」と称したことによって再び世間に広まり一般的な呼称となっている。

「学ラン」という呼称を一般化させた漫画?
どれのことだろう。

昭和50年代(1975年〜)で、直接的にタイトルに「学ラン」が入っているのは「ガクラン八年組」(1982年)とか?

ガクラン八年組(ワイド版) 1 (SPコミックス)

ガクラン八年組(ワイド版) 1 (SPコミックス)

これは1982年なので、1960年代の「男一匹ガキ大将」の時には、一般化されてなかったのかな。
学生服の主人公は結構いたと思うけど。
そういう意味では、1968年時点で西村氏が「知らなかった」というのも無理はないか。

ちなみに「男一匹ガキ大将」は売っちゃって手元にないので、「学ラン」という言葉を使っているかは不明。
小説含め、「学ラン」の普及とか探ると面白そうだよね。
まぁそういうのは、国文科の大学生さんに任すとして。

学生服=硬派は「応援団」が広めた

「学生服」の1960年代でのイメージは、不良 or(and?) 硬派
ということらしい。
まぁ今とあんまり変わんないよね。

wikiによると、1960年代に「応援団」を通して「硬派」というイメージがついた、と。

確認されている限りでは1960年代後期以降、演舞の際に上衣の裾が乱れることを嫌った一部の大学応援団において、袷が深く長めの学生服と動きやすい腰周りが太めのズボンを誂えて着用するということが始まり、この流行は応援団員の持つ硬派なイメージと共に瞬く間に全国に広がった。

腰回りが太めのズボンって、ボンタン?
ボンタンとはちょっと違う気がするが。

それはともかく、1968年の「男一匹ガキ大将」について、本宮が言ってた「かっこいい学ラン」てのは、この時代背景なのかもね。

硬派な学ラン漫画の系譜

1960年代後半から、応援団を通じて広まった「学ラン=硬派=カッコイイ」。
他にも背景はあると思うけど、硬派な学ラン漫画って、他にどんなのがあるかな?と。

「男一匹ガキ大将」より前の「学ラン」採用の不良or硬派っぽい文脈の漫画と言えば、「夕やけ番長」(1967年/梶原一騎)や、本宮ひろ志が尊敬していた「ちばてつや」の「ハリスの旋風」(1965年)あたり?

夕やけ番長 1

夕やけ番長 1

ハリスの旋風(1) [DVD]

ハリスの旋風(1) [DVD]

あかん。
ここらへんになると、読んだことないな。。。

昔すぎるのはよく分からんが、ジャンプ系でいくと、黄金期の学ラン漫画で思い浮かぶのは「男塾」。
硬派でしょう。「男塾」と言えば。
本宮系列は、どことなく「学ラン」な感じがするな。

本宮ひろ志
↓弟子
高橋よしひろ(銀牙)
↓弟子
宮下あきら(魁!!男塾)

「男一匹ガキ大将」に感銘を受けて漫画家を志した車田正美(聖闘士星矢)にいたっては、普段も学ラン着てたみたいだし。
作品にも学ラン多用してるよね。

その他、「学ラン」漫画はくさるほどあるけど、「不良or硬派」の文脈で言えば、「ハリスの旋風」/「夕やけ番長」から現代まで、割と分かりやすいように思う。
そういえば、後に一世風靡した「ビー・バップ・ハイスクール」とかは、「夕やけ番長」をオマージュしたキャラとか出てくるらしい。
知らなんだが。

異能の「学ラン」。横山光輝の「バビル2世」は何だったのか?

なんていうか、その。
結局ジョジョの話なんですが。
本当にすみません。

で、荒木飛呂彦がジョジョ3部で
学生服×エジプトの砂漠
というのを描いたのは、
「バビル2世」の「学生服×砂漠」のビジュアルに衝撃を受けたから
という話は有名すよね。

では、なんで「バビル2世」はビジュアル的に「学ラン」なのか?という。
「バビル2世」は「硬派/不良」でもないワケで。
そして「バビル2世」は最初なのか?
砂漠的なモノ×学ランのビジュアルっていう意味で。

このビジュアルがなければ、ジョジョ3部のロードムービー(砂漠×学ランでスタート)の経路がもっと違ったものになっていてもおかしくない。
なので、そこら辺は気になるな、と。

「バビル2世」は1971年なので、1960年代の「男一匹ガキ大将」や「ハレンチ学園」より遅い。
硬派/不良でもないバビル2世が、この時代に「学ラン」なのは、どういう文脈なんだろう、と。

「学ラン」の異能バトルの系譜

以下、学ラン系マンガについて、60年後半から71年あたりで適当に抜いてみる。

1967年 幻魔大戦 平井和正/石森章太郎 マガジン
1968年 男一匹ガキ大将 本宮ひろ志 シャンプ
1968年 ハレンチ学園 永井豪 シャンプ
1969年 夕やけ番長 荘司としお/梶原一騎 冒険王/チャンピオン
1969年 あばしり一家 永井豪 チャンピオン
1970年 ワル 影丸穣也 マガジン
1971年 バビル2世 横山光輝 チャンピオン
1972年 デビルマン 永井豪 マガジン

参考:
週刊少年マガジン連載作品の一覧 – Wikipedia
週刊少年チャンピオン連載作品の一覧 – Wikipedia
週刊少年ジャンプ連載作品の一覧 – Wikipedia

「幻魔大戦」(平井和正/石ノ森章太郎)。
これは、超能力&学ランという意味で、「バビル2世」に近いすね。

幻魔大戦 (秋田文庫 5-39)

幻魔大戦 (秋田文庫 5-39)

wikiによると、横山光輝は「バビル2世」について

「アメリカンコミックでは超能力者を主人公にした作品があるのに、日本にはまだなかったから」

とインタビューに答えている。

超能力という意味では、「バビル2世」(1971年)より「幻魔大戦」(1967年)の方が早いんだけど、「幻魔大戦」のことはどうなってるんだろ。
「なかったこと」みたいになってるが。

ちなみに、横山光輝と手塚治虫/石ノ森章太郎との関係って割と不明で、一番参考になったのは↓でした。
「手塚治虫と横山光輝」 ( 漫画、コミック ) – 風こぞうのブログ – Yahoo!ブログ

要約すると、

横山光輝のデビュー時は、手塚治虫と交流あった。
その後、雑誌「少年」において。
横山は「鉄人28号」で、手塚の「鉄腕アトム」の人気を追い越していく。
手塚はそのことをどのように考えていただろう?

という感じ。

だから「幻魔大戦」がなかったことになってるのか?は不明だが。。。

いずれにしろ。
「幻魔大戦」でも砂漠で敵と戦ったりします。
もち学生服で。

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超能力の可視化とか、ロードムービー的な要素とか、なぜか学ランだとか、、、
ジョジョに繋がる「異能の学ラン×バトル」目線で言うと、「幻魔大戦」が最初?

ちなみに、「幻魔大戦」の主人公の名前は「東 丈」(あずま じょう)。
ジョジョ4部の東方仗助みたいな名前すね(ジョジョ脳)。

まとめ

「学ラン」の由来から漫画での採用事例なんかを追ってみた。

ジョジョ3部の源流に、「幻魔大戦」が垣間見えた?かもしれない。
どうだろうね。
特に結論らしきものはないが、そこはかとした感慨のみ。
うーむ。

「幻魔大戦」自体は、映像化にあたってAKIRA前の大友克洋が参加したりして、超能力の可視化っていう線では、ジョジョ的な意味でもすごく興味深いすよね。

以上、漫画の歴史に特別詳しいワケじゃないんで、間違いありましたら失礼をば。

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