「ザ・ミュンヒ」(大阪・八尾市)
大阪で有名な喫茶店「ザ・ミュンヒ」に行ってコーヒーを飲んた。
そのコーヒーは、予想を超えていた。
想定外の、美味さ。
なんだ、このコーヒーは?
初めての感触に、今までのコーヒー像がグニュっと歪んだ後は・・・、もうアレだ。
心地よい漆黒のコーヒー沼に、ズブズブと沈んでいった。
結局お店には、2時間ほど居座った。
静かな店内、客は当方ただ一人。
熱心に語りかけてくる店主の話に耳を傾け・・・
目の前で抽出されていくコーヒーの香りを嗅ぎ・・・
そして3杯のコーヒーを飲んだ。
遂に店を出る時間となった時。
伝票を見ると「5300円」の文字。
コーヒー3杯で、5300円である。
しかし、実に納得のいく値段だった。
不思議と爽やかで、充足した気分で店を出る。
東京に戻ってきてから、考えている。
アレは果たして「コーヒー」だったのか?
コーヒー限界を超えると、あんなに美味いモノが出来上がるのか?
一体、なんだったのか・・・
店内の様子
「ザ・ミュンヒ」は高安駅から歩いて10分、住宅街のど真ん中に佇んでいる。
周囲は本当に何もない、ただただ住宅街。
Google マップ
店に入ってみると、まさしく喫茶店。
創業40年、超老舗なんである。
落ち着いた雰囲気で、懐かしい感じの・・・と、思いきや。
いきなり視界にバイクが飛び込んでくる。
店名の由来となったドイツ製のバイク「ミュンヒ」(MUNCH)。
それは40年前、店主がコーヒーの道を極める前の話。
最初は「名車と珈琲が飲める店」という宣伝で、客を集めていたとのこと。
店内を見渡すと、ズラッと並べられたバカラのグラス。
当方、浅学無銭につき「バカラ」というモノも初めて見たが、これは「バカラ」らしい。
店主がお冷やを持ってきた際、その「水」が入ったグラスも「バカラ」だと言っていた。
陶器のカップの方は、古くて良いモノを集めている模様。
カップの1つには、「1860年頃 9万円」という札がついてた。
こんな上品なカップでコーヒーを飲んだのは、初めてである。
席につくと早速、店主がメニューを持ってきてくれた。
72歳、人の良さそうなお爺ちゃんである。
しかし、メニューの方はぶっ飛んでいた。
コーヒー一杯で1300円、2500円・・・、そして10万円。
メニューは、コーヒーだけで100種類くらいある。
※メニューの一部
店主が当方の正面に座り、メニューの説明をしてくれる。
色々聞いた上で、最初に「スパルタン」を頼むことにした。
スパルタン(1300円/シングル20cc)
「一番のオススメはどれですか?」ときいたら、返ってきた答えが「スパルタン」だった。
通常の10倍、1kgの豆で100ccだけ抽出する。
大きな布製フィルターに、チョロチョロとゆっくり時間をかけて抽出。
1杯作るのに、1時間近くかかる。
時間をかけることで「抽出」と「蒸らし」が同時進行し、「嫌な酸味のない、むしろ甘い」コーヒーに仕上がるのだそうだ。
豆は店主曰く、「最高級の豆を13種類ブレンド」。
その配合で、複雑な味わいとコクが出てくるのだそう。
客の前で抽出することもあるが、時間がかかるのでストックも用意している。
このコーヒーは「寝かせると美味くなる」とのこと。
当方は「いろいろ飲み比べがしたい」と最初に注文したので、スグに飲めるようストック分を10分ほどで用意してくれた。
元禄時代のカップで登場、「スパルタン」である。
カップの中に、20ccだけコーヒーが入っている。
シングル=20ccで1300円、ダブル=40ccで2600円。
量が少ないので、ちょっとだけ啜ってみる。
最初の一口で、驚いた。
ちょっと「突き抜けた」美味さだ。
全くもって、初めての味。
こんなコーヒー、飲んだことない。
まず、「とろみ」が違う。
ドロッと濃厚、舌の上で軽く粘り気を感じるほど。
そして、フワッとした甘み。
「甘い?」と一瞬思うんである。
その濃厚な、コーヒーのエキス。
まるでアイスクリームが溶けるように、舌の上でとろけていき・・・
後にはコーヒーの苦みと旨味だけが残る。
舌を刺すような酸味もなく、なめらかに喉を通る。
「なんだか分からないが、この美味い『エキス』をもっと!!」
しかし、量は20ccしかない。
ちびちびと、高級なお酒を飲むように味わっていくのであった。
店主に「こんなコーヒーは初めて飲んだ。猛烈にウマイ」と感想を伝えると、作り方など丁寧に教えてくれた。
そして「これと違いがハッキリしたコーヒーはどれか?」と尋ねたところ、「No.13 ブラックコーヒー」を薦めてくれた。
No.13 焙りたて超フレッシュコーヒー(2000円)
先述の「スパルタン」のように「時間をかけるほど美味くなる」コーヒーもあれば、「出来たてが美味い」コーヒーもある。
焙りたてで美味いのが、「No.13 ブラックコーヒー」(焙りたて超フレッシュコーヒー/2000円)。
今度の一杯は、超浅煎りの豆を大量に使い、目の前で抽出してくれる。
抽出時間も、スパルタンほどはかけない。
浅煎りなので、豆の色がスパルタンの時とは異なるのが分かる。
この豆だけでも、3500円はするらしい。
この「超浅煎りの豆を大量に」というのは、熊本の「アロー」と同じだろうか。
店主も、アローのことを知っていた。
ただし店主曰く「アローとは、またちょっと違う」とのこと。
飲んでみると、確かに味はアローと違った。
方向性が違う感じ?
コッチは色も普通のブラックコーヒーに近い。
飲んでみると、甘い味と香り。
スパルタンとは、匂いからして違う。
和菓子のような…と言うと、店主が言葉を継いだ。
「モナカの皮のような?」
確かにそんな感じだ。ちょっと和風の。
ストレートな加糖の甘みというより、ほんのり黒蜜的な…。
このコーヒー、糖度が19度あるらしい。
そこら辺のフルーツより甘い。
多少のとろみもあり、やはり普通のコーヒーとは全然違う。
このコーヒーについては、二番だしもサービスしてくれた。
普通に買うと1200円のところ、今回はサービスとのこと。
2回目の抽出となると、だいぶ色と味が薄くなった。
やはり一番だしって、ウマいんだな、と。
熟成樽仕込み氷温コーヒー20年物(10万円)
このお店が有名な理由が、これ。
1杯10万円の「熟成樽仕込み氷温コーヒー20年物」。
メニュー記載が古く、正しくは今年で「22年物」らしい。
10万円はいくらなんでも、払えない。
しかし、「おためしコース」はコーヒースプーン1杯分で2000円。
スパルタンやNo13で度肝を抜かれた当方、「おためしコース」も試してみたくなった。
それは一体、どんなコーヒーなのか?
注文すると、店主がカウンターの裏から小さな樽をもってやってきた。
なにやら、相当年季の入った樽だ。
店主、22年前に「安いお酒を『熟成』させて美味くする」と流行っていた、家庭用のミニ樽を百貨店で購入。
それにコーヒーをいれて、ギリギリ凍らない温度の「-3℃」で保管して熟成させている。
「コーヒー豆」の熟成はたまに見るが、抽出した後のコーヒーの熟成は初めて見た。
そういえば、銀座の名店「ランブル」で、熟成豆のコーヒーを飲んだことがある。
こちらの店主も大昔、ランブルのコーヒーに衝撃を受けて以来、コーヒーを研究するようになったとのこと。
この熟成樽、原液には上述の「濃くてトロトロ」なスパルタンを使う。
水分が普通よりは少なめなので、腐らずに熟成するとのこと。
注文をうけたら冷凍庫から取り出し、-3℃から0℃に戻るのをまってから、飲む。
0℃になるまで、15分ほどかかる。
そして0℃になってから、ちょっと蛇口をひねってスプーン一杯分・・・。
表面張力でプルプルと震えるコーヒーたん…。
匂いをかいでみると、ほとんどお酒。
舌をちょっとつけて味わってみると…。
フルーティーな甘酸っぱさ。
まるでワインのようだ。
コーヒー感は、あまりない。超越しちゃってる(笑
なんだか、不思議な体験だったな。
ちなみにこの熟成樽、30年まで育てるらしい。
あと8年 (店主は現在72歳)。
そのため、この樽が少なくなってきたら封印して、10年物の別の樽を安く売ろうと考えているとのこと。
(もしくは、この樽とは別に30年育成用の樽があるのかも?聞きそびれたが)
いずれにしろ「スプーン1杯で2000円」ときくと高いが、なにしろ22年きっちり温度管理して熟成させている。
その「時間」を、買っているんだな。
貴重な体験をさせてもらいました…。
そして伝説へ
とにかく、コーヒーへの愛がヒシヒシと伝わってくる店主だった。
今でもバイクで全国各地、コーヒーの美味い店にいって研究するらしい。
最近も、バイクで仙台までコーヒーを飲みに行ったそう。
大阪-仙台をバイクで?
72歳というのが、信じられない。
お店の営業時間は、まさかの早朝6:00-深夜2:00。
いつでもお客さんが寄れるように、店を開けている。
大阪っぽさ?を感じるお茶目な面もあり、頻繁に登場するワードがある。
「○○つけてや」。
これは、実際にお店に行ってみてのお楽しみ。
それにしても、すごく楽しいご老人だった。
全体的に、コーヒーへの愛が半端ない。
40年間、コーヒーに心血を注いできたのである。
自らのコーヒーに「誇り」を持っており、自己アピールも半端ない。
「この店はな、伝説になるんや」。
しかし、その言葉の通りコーヒーが「超美味い」んである。
そこが凄い。
一方で、話していると店主の人柄の良さが伝わってくる。
優しい人なんだな。
いざ帰ろうとすると、「車で駅まで送るわ」。
そして、こう付け加える。
「客を車で送るなんて、こんな優しい喫茶店、他にはあらへんやろ?」。
「な?」
ついつい、クスッと笑ってしまう。
御年72歳。推しが強くても、憎めないキャラクターなんである。
それにしても、いい喫茶店だった。
初めて飲んだ「スパルタン」は、スゴかった。
店主との会話も、楽しかった。
大阪にくることがあったら、また再訪したいな、と。
そう思いました。